言葉の重み[note]

迷走中ですが…

今日は、またココで少しお話させてください。

wordpressのブログに、色々書いているのですが、少し棲み分け?をしようと思います。

ここ(note)は、私の想いを徒然に紡ぎつつ、カードリーディングメッセージもお伝えしていく予定です。

よろしくお願い致します。


今日は子ども(長男)とのやりとりで、思わず涙してしまった。

でも、受け流していいことだとは思えなかった。

その一言が許せないと思った…から、怒った。…叱った。

どうして許せないと思ったの?
その言葉をただ、淡々と、笑いながら、発することが信じられなかった。
それが、どんなに悲しいことか、分かっていないことに愕然とした。
それを聞いた人が、どれだけ辛く、悲しい気持ちになるのか、想像できないことに、親の私が“ちゃんと”子育てできていなかったんだ、とそう、思った。

結局、親である私の子育てを否定されたような…
“誰か”に最低だと思われることが、怖かっただけなのか…

そのことにも、長男と話しながら正直薄々気がついていて。
長男自身に怒っているのか、“誰か”の視線がなければ、どうでも良いのか、そのままスルーしていることなのか?
考えたら、止まらなくなり…そして、自分自身に悲しくなった。

ぐちゃぐちゃの気持ちのまま、、まだ引きずっている。

でも…長男が放った言葉を、許せないと思ったのは…私のなかの事実で。
もし、この世界が子どもと私だけの世界だったとしても。
やっぱり、悲しいし、許せないし…言ってほしくない言葉だった。
…そう思っている。


5歳といえど、その言葉が誰かを傷つけてしまうこと。
それは、もう分かっている部分が大きい。
もし、、間違って発してしまったときは、素直に謝る、ということも覚えていて欲しい。
…それが、手遅れになることだってあるんだよ。。
そんな思いをしてほしくない…と親としては思ってしまうけれど…、親のエゴなのかなぁ。

相手の思いを気にしすぎて、自分の思いを我慢する必要はないと思う。

でも、やっぱりその言葉を受けとった人が、どう思うのか?
そういう想像力は、持っていて欲しいと願ってしまう。


育児は育自

その言葉が、しみじみと染み渡る、そんな夜、です。

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